【インタビュー】日本企業を取り巻く危機管理やコンプライアンスの深層について考察する

15 June 2021 09:00

企業におけるコンプライアンスの重要性が叫ばれて久しいが、日本企業の不祥事は後を絶たない状態が続いています。各企業がコンプライアンスによる規制を強化している一方で、実際には社内に浸透していないという声も多く聞かれます。そこで、企業の危機管理やコンプライアンスの専門家であり、『企業不祥事を防ぐ』などの著書もある國廣正弁護士に、日本の企業の危機管理・コンプライアンスを取り巻く状況や、コンプライアンスに関する想いなどを伺いました(前・後編)。

(インタビュアー/レクシスネクシス・ジャパン株式会社 代表取締役社長 斉藤太)

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國廣正(くにひろただし) 国広総合法律事務所 パートナー弁護士

大分県生まれ。東京大学法学部卒業。1986年に弁護士登録。86年から90年まで、那須弘平弁護士(2006~2012年:最高裁判事)の事務所に勤務し、訴訟事件を中心に業務を行う。90年から92年にかけて渡米しニューヨークの法律事務所で研修。帰国後、国際業務を専門に扱う法律事務所の勤務を経て94年1月に國廣法律事務所(現国広総合法律事務所)を開設。

「仏造って魂入れず」では、いけない

――いまの日本の社会では、コンプライアンスに対して、ネガティブな印象を持っているひとも少なくないと思います。そのような状況で、コンプライアンスを“良い意味”で広めていくにはどうすればよいでしょうか?

大切なことが、二つあります。一つ目は、コンプライアンスやコーポレートガバナンスなどの仕組みだけでなく、企業理念や行動基準も重視することです。たとえば、コーポレートガバナンスコードが完成すると、企業の方は「当社のアプローチは、コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守するか、さもなければ説明せよ)だ」、「プリンシプルベース(原則主義)だ」とおっしゃいます。

しかし、実情は、前者の場合は「形式上だけ、コンプライ(遵守)している」ケースや、後者では「本当にみんなが遵守できているのかわからない」といったケースも珍しくありません。仕組みは確かに大切ですが、仕組みだけで「コンプライアンス=お天道様」的な行動を促そうとしても、従業員からは「自分たちは(形だけは)ちゃんと守っています」という対応をとられてしまうことが多いと思います。

――気をつけないと、「仕組みという形だけを整えて、それで終わり」ということになってしまう危険もありそうですね。

そうです。「仏造って魂入れず」ということわざがあるように、“仏”=仕組みをつくるだけでなく、“魂”に当たる企業理念や行動基準などが不可欠なのです。欧米企業では、たとえば、ジョンソン&ジョンソン社のクレド「我が信条(Our Credo)」などが有名ですが、企業理念を非常に大切にしている企業が非常に多いですね。日本でも同様に、いわゆる「優良企業」は企業理念を重要視しています。

理念を明確にしないまま、形式的な対応だけでコンプライアンスやコーポレートガバナンスにエネルギーを費やしていると、本当の意味での企業の成長や不祥事防止にはつながらないと思います。

「他人事」ではなく、「自分事」として捉える

――おっしゃる通りですね。大切なことの、二つ目は何でしょうか。

企業や従業員一人一人がコンプライアンスを「自分事」だと捉えて、問題に本気で取り組むことです。サプライチェーンを例にとってお話ししますと、グローバル化が進むなかで、多くの企業が何らかの形でグローバルサプライチェーンと関係しています。そのシステムのなかで、委託先企業の先に再委託先、その先には再々委託先など、多くの企業が連なっているはずです。もしかしたら、途上国の企業では児童労働や強制労働、自然破壊などが起こっているかもしれません。

このような問題について、つい2~3年前までは、「認識はしているけど、その企業と直接契約しているわけではないから関係ない」と済ませていた企業がたくさんありました。しかし、現在では、そのようなサプライチェーンにおける人権問題や環境問題は、企業のリスク管理において重要な事案になっています。

まだ「他人事」と考えている企業は、社会からの批判の対象になり、結果として企業価値も毀損してしまうでしょう。要は、「うちは良い製品をつくっている。でも、学校に行けない子どもに強制して、原材料をつくらせていてもいいんだろうか?」という、ひととして当たり前のことへの考慮が大切だということなんですね。

これら二つのような意識や姿勢を持っていれば、コンプライアンスはネガティブなものではなく、自分たち自身にとって“大切なもの”になるのではないでしょうか。

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斉藤太(さいとうふとし) レクシスネクシス・ジャパン株式会社 代表取締役社長

1999年に日本でオフィスを開設し、ニュース、法令、企業、知財情報を中心に、事業法人、大学、官公庁、法律事務所にサービスを展開。国内では法情報ソリューション”LexiNexis🄬 ASONE”をリリース。世界130か国以上でサービスを提供するRELXグループの一員。

東芝のガバナンス問題の経緯は

――これは余談として個人的にお聞きしたいのですが、國廣さんが関わられた東芝の循環取引問題をきっかけにしたガバナンス問題について、詳しく教えていただけますか。

(この対談後の6月、この循環取引の当事者の1社であるネットワンシステムズ(NOS)の元社員が逮捕され、証券取引等監視委員会はNOSに対し、有価証券報告書の虚偽記載による金融商品取引法違反で約8110万円の課徴金納付を命じるよう金融庁に勧告した)

2020年の春に突然、エフィッシモ・キャピタル・マネージメント(以下、エフィッシモ)というところから連絡が来ました。要件は、「東芝が出した“循環取引事案に関する特別調査委員会の報告書”を、私に読んでほしい」とのことでした。

当時、私は知りませんでしたが、エフィッシモはシンガポールに本拠を置く投資ファンドで、東芝の筆頭株主でした。彼らは東芝に対して、「コーポレートガバナンスや内部統制を徹底して、リスク管理をするように」とエンゲージメントしていたそうです。しかし、数百億円もの循環取引問題が起きてしまい、東芝のコンプライアンスへの姿勢に「真実を誤魔化そうとしているのでは?」と疑問を持ったということでした。

そこで、私は調査報告書を読みましたが、正直「内容の乏しい報告書だ」と思いました。要約すると、「子会社がやったことだからたいしたことはない」という内容に終始した報告書だったのです。

――國廣さんが以前に関われた、山一證券の破綻事件の際に出された調査報告書のように、「問題の真因を掘り下げるもの」ではなかったのですね。

はい。それで、私はエフィッシモに対して「あなたたちの疑問は正しい」と伝えて、エフィッシモ側の東芝とのエンゲージメント(対話)にアドバイスを行うことにしました。その際に、エフィッシモから「自分たちは旧村上ファンド出身で、村上のやり方に疑問を持って袂を分かったグループだ」と聞きました。

それを聞いて、私は「あなた方がどういう経歴の“誰”であろうが、言っていることが正しければ、私は『正しい』と言います」と答えました。また、「“誰”が言っているから正しいとか、間違っているとか、そういうものの見方は、私はしません」とも伝えました。「とにかく、あなたたちの疑問は正しい」と。

それから彼らと話し合いを何度も重ねて、東芝のコーポレートガバナンスに問題があると結論付けました。そして、「不祥事が起きても、適切に原因究明するような体質の取締役会に変える必要がある」と考えて、東芝に対して、新たに3人の取締役候補の擁立を株主提案しました。

ステレオタイプにとらわれない対応を

――メディアでも、「あの國廣が、ハゲタカに心を売った」と話題になっていましたね。

私は「日本企業の守護神でありたい」と常々思っていますし、日本の企業を良くするために、エフィッシモが言っていることが「正しい」ので、私も「正しい」と言っただけで(苦笑)。自分としてはすべて一貫しているので、気になりませんでした。

また、エフィッシモのことを「物言う株主(アクティビスト)」というレッテル貼りをして、ネガティブイメージで報じるメディアも多かったのですが、彼らの実態は「アクティビスト=ハゲタカ」ではないと私は感じていました。もちろん、投資ファンドですから、投資資金の回収が最終目的です。しかし、彼らは、5年・10年という中長期的な視点で企業価値の向上や企業の健全化を図ろうという方針です。

日本の企業や社会は、「物言う株主=アクティビスト=短期志向=ハゲタカ=悪者」というステレオタイプで捉えて怖がり、敵視する傾向が見られます。しかし、実際は、「善いアクティビスト」もいれば、「悪いアクティビスト」もいます。企業に問題提起するNGOについても、同様に企業活動に難癖をつける活動家というレッテル貼りが存在します。ですから、ステレオタイプにとらわれた考え方はしないほうがいいと、私は思います。

“100点満点”でなくてもいい

――もし、そういう「ステレオタイプ」な事態や問題に直面した場合、社内の誰が対応すればよいのでしょうか。

やはり、まず、経営トップが率直な対話を厭わないという姿勢を見せることが大切だと思います。対話の担当としては、法務や経営企画、広報などの部門に適任な人材がいるのではないでしょうか。しかし、トップが「対応するのは嫌だ」と弱腰でいると、社内でも押し付け合いになって、不適任な人材が担ぎ出される可能性もあります。ですから、大切なのは、経営トップが“企業姿勢”を示すことです。そして、低姿勢になって何でも聞き入れるのではなく、「できること」「できないこと」を対等な立場で明確に伝えることが重要です。

多くの日本企業は、たとえば、NGOから人権問題への対応状況を問われた際に「“100点満点の答案”を出さなければ文句を言われるので、対話自体をしたくない」と考えるかもしれません。しかし、企業とNGOの両方の立場に立ったことのある私の経験から言えば、NGOは「100点取れ」とは決して言っていないんですね。NGOの目的は、「企業が問題を解決するために努力して、少しずつ状況を改善してほしい」ということです。そのための働きかけをしているわけで、「100点を取れない会社を潰そう」とは考えていません。

――なるほど、“完璧”である必要はないんですね。

なので、現状の達成率は「65点しかない」と指摘されても、「来年までには75点にします」と言えば、NGO側は「がんばって10点上げるというのなら、それを見守ろう」と考えます。しかし、「“100点の答案”しか出せない」と考えてしまう日本企業は、答案用紙を提出せず、結果的にNGOから「0点」との判断を下されます。本当は65点もあるのに、0点ではもったいないですよね。

日本の企業は議論が苦手で、意見のちがうひととの議論は“喧嘩”と考えて、「勝つか、負けるか」という発想に陥りがちです。しかし、お互いに意見を交わしていくことで、改善の方向性が見えてきます。もし、将来的にも実現が不可能であれば、「できません」と答えればいいと思います。全面降伏して、何でも言うことを聞く必要はありません。むしろ、「当社の弱い部分を教えてくれて、ありがとう」という心持ちでいられるといいかもしれませんね。

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著書「企業不祥事を防ぐ(日本経済新聞出版社)」

社会の進化で、企業の適応がさらに問われる時代に

――社会や市場のグローバル化という潮流のなかで、さらにこのコロナ禍という状況のもとで、日本企業は懸命に生き残りをかけて戦っています。そういった企業へのアドバイスをいただけますか。

特に近年、世の中は劇的な変化を遂げています。また、コロナを経験した私たちは、「数年後に、また同じ想定不能の事態が起きるかもしれない」ということも知っています。現在は、国境を超えるひとの移動が物理的に抑えられていますが、それも一時的なものだと私は考えています。

また一方で、情報のグローバル化・ボーダレス化は進んでいて、いまでもインターネットを見れば世界中のさまざまな情報が手に入ります。コロナの影響で現地には行けなくても、ミャンマーや香港の問題に関心を持っている日本人はたくさんいるでしょう。さらに、さまざまな情報網を通じてサプライチェーンは動き続けていて、そこで生産されたモノも世界中で流通されているのが現状です。

コロナが社会に与えた影響は非常に大きいですが、それによって、これまでの社会の流れが逆転することはないと私は思っています。特に、情報や技術的な面に限れば、コロナによる社会の変化は加速要因であって、逆流要因ではないと言えるでしょう。今後、通信手段はより発展すると思いますし、いずれはコロナも収束すると考えれば、グローバル化・ボーダレス化はさらに進んでいくはずです。DXも劇的に進むと考えられます。

ですから、「コロナ禍で人流が止まっているから、グローバルサプライチェーンにおける人権問題や環境問題などに目を向けなくてもいい」ということにはなりません。情報化が進むなかで、社会や個々の人たちが企業を見る“目”がさらに厳しくなることも考えられます。そのような状況だからこそ、企業は、いままで以上にコンプライアンスや危機管理に対して気を配るべきではないでしょうか。

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<完>

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