【インタビュー】グローバル・コンプライアンス体制の構築・運営の成功に不可欠な“取り組み”とは?(後編)
19 August 2022 09:00
![]() | デンカ株式会社 大和総研などを経て、2017年、デンカ株式会社入社。欧州各国やアジア各国、米国(シリコンバレーなど)、 イスラエルなどで、大小さまざまな規模の120件以上のM&A・資本提携・各種アライアンスを実施。同時に、買収後のPMIや経営戦略策定支援を含む、企業集団の内部統制の構築・改善・強化なども担当。東京大学法学修士(会社法・国際私法)。同志社大学大学院法学研究科非常任講師(国際的M&A)。 |
失敗を“痛い教訓”にした、具体的な取り組み事例
――経営に近いところで仕事をすることが、成功のカギになるのですね。実際に渡邉さんが経験された、具体的な取り組み事例を教えてください。
まず、以前に法務部長を務めていた日本の国際的企業での失敗例をご紹介します。
その企業は、日本本社以外にアメリカ、中国、ヨーロッパに法務部門や法務担当者を配置して、複数の国にグループ企業を持っていました。
私は、グローバル・コンプライアンス体制の一つとしてグローバルな法務審査体制を構築したのですが、最初は「各国のグループ企業が、日本本社の法務部に対して法務審査を直接依頼できる」という仕組みでスタートしました。
ところが、すぐに日本本社の法務部の業務がパンクしてしまいました。
そこで、各国のグループ会社を管轄している日本本社の事業部に、契約書のドラフトや紛争の背景などの事実関係を収集してもらうことにしました。日本側で交通整理をしてもらったうえで、あくまでも“日本法人内の法務相談”という形をとって、その後のやり取りは海外のグループ会社と直接行うようにしたのです。
それによって、事実関係の調査などにかかる法務部の業務負荷を減らして、事態の収拾を図ることができるようになりました。
この経験を“痛い教訓”として、現在、当社でも同様の方針をとっています。
――それは非常に貴重なご経験ですね。ほかにも、具体的に取り組んでいらっしゃることはありますか?
体制づくりを始めるにあたって、「どういうレベルのグローバル・コンプライアンス体制をつくるか」という根本的な設計思想を最初に検討しています。
この作業は極めて重要で、たとえて言うと、飛行機をつくる際に「ジェット機をつくるのか、プロペラ機をつくるのか」といった根本的な議論に近いと思っています。
さらに大切なことは、世界各国で事業を行う多国籍企業である日本企業は、「日本企業内でグローバル・コンプライアンス体制をつくっても意味がないと」いうことを肝に命じるべきだと考えています。というのも、日本は国際社会において“ルールメーカー”では無いからです。
では何を基準にするかというと、米国でビジネスを行っているのであれば、米国司法省の量刑ガイドラインに準拠するべきだと私は思っています。
そして、量刑ガイドラインに準拠すると決めたら、次に“すでにガイドラインに準拠してグローバル・コンプライアンス体制をつくっている企業”のベンチマーク調査を行います。
具体的には、『フォーチュン』誌が毎年発表する「Global(グローバル)500」のリストから、自社と似た業態の企業を中心にピックアップして、自社にとってあるべきグローバル・コンプライアンス体制の概要を設計していきます。そして、最終的に現地の米国人弁護士のダブルチェックも受けることで高い水準を維持しています。
また、方法論としては、“課題解決型仮説思考+バックキャスト⽅式”というオーソドックスな方法で推進することが不可欠でしょう。
体制づくりを成功させる4つのステップ
――実際に体制をつくり上げていく際に、どのような手順を踏めばよいのでしょうか。
基本的に、4つの手順が重要だと考えています。
最初に行うべき作業は、「現状を計量的に把握する」ことです。この作業は、経営陣に対して体制づくりを説明・説得する際にも必須になります。
そして、「どの事業所・法人で、どのようなコンプライアンス上の問題が発生しているか」という現状を計量的に把握することで、たとえば翌年度の研修教育計画を立案するために「どこに対して、どの分野の法令教育を重点化すればよいか」というポイントが一目瞭然にわかる“見える化”が可能です。
2番目に、計量化した現状と“あるべきグローバル・コンプライアンス体制”とのギャップ分析を行って、自社の課題を発見します。
3番目に、それぞれの課題の原因について仮説を立てるのと同時に、その問題を解決するための仮説も立てて、そこからバックキャストで計画を策定していきます。
人的資源に限りがある場合、計画は数ヵ年単位で立案するほうが負担にならないでしょう。
そして最後に、経営陣に対してプレゼンを行って、経営陣の承認を得たうえで計画を実施していきます。さらに、「実施状況を振り返って、課題を発見し、翌年度以降の改善につなげる」というサイクルを繰り返していくことが大切です。
これらの手順を行うことで、法務部の人的資源が限られるなかでも、グローバル・コンプライアンス体制を無理なく、効率的に構築・運営することが可能になります。
実効性のある研修・教育に加え、楽しめる工夫も
――大変わかりやすいお話をありがとうございます。特に可視化は、当社も同様に、非常に重要だと考えています。可視化によってコスト削減や業務の効率化にもつながりますので、今後の製品企画で実現していきたいと思っています。先ほどグループ・コンプライアンス体制の二本柱の一つに挙げられた“研修・教育”の重要性については、どのように考えていらっしゃいますか?
自社やグループの“現実の課題”に対応した有効なコンプライアンス教育を設計することが最も大切だと考えています。独禁法違反のように「一度発生すればダメージが大きい分野」への対応は行いつつ、自社・グループ内で多発している実際の課題に沿った実効性のある研修や教育が必要です。
たとえば、現状把握や内部通報によって「A工場でパワハラが発生している」という事実がわかれば、「翌年からパワハラ防止のためのコンプライアンス教育を重点的に実施しよう」といった研修・教育の設計を行うことができます。
次に大切なのが、実際に研修を行う際の工夫です。受講者の立場に立って「“明日からすぐ使える知識”を楽しく提供する」ための工夫が重要だと思っています。
というのも、法律を普段扱っていない部署の方々にとっては、コンプライアンス研修は苦痛以外の何物でもなく、研修時間は“睡魔との戦い”になることも珍しくありません。ですから、私は講師役の法務部員たちに対して、PowerPointの資料にアニメーションや図表を多用するように推進しています。
さらに、「1シート1 メッセージ」を原則に、「できるだけ大きな文字を使う」「1シート135文字まで」といったガイドラインに沿ってコンテンツを作成してもらっています。
LexisNexis ASONEを有効活用して、日々の業務を効率化&高度化
――当社では、コンプライアンス遵守のためのワンストッププラットフォームLexisNexis ASONEを提供しています。ASONEは複数のモジュールで構成されるプロダクトで、機能別に振り分けられたサービスをご用意しています。貴社でもご利用いただいていますが、実際の活用例を教えていただけますでしょうか。
まず、『ASONE』のトップページに定期的にアップデートされる「法政策トピックス」の法改正情報は、世の中のトレンドを知るという意味でも有効活用させていただいています。
そして、『ASONEワークフロー(コンプライアンス点検ツール)』では非常にコンパクトに情報がまとめられているので、当社のグループイントラサイトに掲載する法令教育のコンテンツを作成する際に、頻出分野・項目のチェックや内容確認に利用しています。
また、社内研修の講師役として「どうわかりやすく教えるか」と考える際に、『ASONEエデュケーション(法務コンプライアンス教育)』の豊富なビデオコンテンツを参考にしています。最大2倍速で視聴できるので効率的に内容を確認できますし、化学物質管理に関する法令のコンテンツまであるので化学メーカーとしてはありがたいです。
――先ほどのお話で「グローバル・コンプライアンスの取り組みには、全社・全グループ共通のルールづくりが重要だ」というご指摘がございましたが、今後、各国の主要な規制の内容を確認できる機能や、各種コンプライアンス・テーマ別のサーベイ機能、グループ企業のコンプライアンス・レベルなどを分析する機能なども開発していく予定です。
それは、非常に楽しみですね。
――グローバルなコンプライアンス管理をより有効なものにするために、お役立ていただければと思います。本日は誠にありがとうございました。
<完>
関連情報
レクシスネクシスでは、法務コンプライアンスの様々な課題を解決する為のソリューション、『LexisNexis ASONE』を提供しております。ASONEは機能別に複数のモジュールで構成されています。『ASONE法政策情報(法情報データベース)』、『ASONEワークフロー(コンプライアンス点検ツール)』、『ASONE業務規定コネクト(社内規程整備支援ツール)』、『ASONEコンサルティング(個別のリスク対応)』、『ASONEエデュケーション(法務コンプライアンス教育)』に加え、2022年には『ASONEコンプライアンス・サーベイ(コンプライアンス分析ツール)』を新たにリリースしました。