【インタビュー】「ビジネスと人権」の問題と、日本企業に必要な危機管理対策について専門家に聞く(前編)

22 October 2021 09:00

近年、「ビジネスと人権」や「SDG's」といった言葉が一種の流行語のようになり、一般社会にも浸透してきました。そして、これらの言葉に関する問題、特にサプライチェーンにおける人権問題がグローバル展開する日本企業にとって大きなリスクになっています。そこで、企業の危機管理やコンプライアンスの専門家であると同時に、NGOのアドバイザーも務める國廣正弁護士に、ご自身と人権問題との関わりや、日本や海外における「ビジネスと人権」の現状、そして日本企業の経営陣や法務担当者が取るべき対策などを伺いました(前・後編)。

(インタビュアー/レクシスネクシス・ジャパン株式会社 代表取締役社長 斉藤太、リサーチ&コンサルティング シニアマネージャー 漆崎貴之)

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国広総合法律事務所 パートナー弁護士 國廣正氏

大分県生まれ。東京大学法学部卒業。専門は、企業の危機管理、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、会社法訴訟など。現在、東京海上日動火災保険㈱社外取締役、オムロン㈱社外監査役、Zホールディングス㈱社外取締役を務めるとともに、国際人権NGOヒューマンライツナウの運営顧問も務める。

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レクシスネクシス・ジャパン株式会社代表取締役社長 斉藤太

1999年に日本でオフィスを開設し、ニュース、法令、企業、知財情報を中心に、事業法人、大学、官公庁、法律事務所等、幅広くサービスを展開。国内ではコンプライアンス順守に特化した法情報ワンストップソリューション ”LexisNexis🄬 ASONE” をリリース。世界130か国以上でサービスを提供するRELXグループの一員。

「巨大な悪と戦う」ために

――國廣さんといえば、「企業の危機管理やコンプライアンスの専門家」というのが一般的なイメージかと思います。“人権”とは、どのような関わりを持っていらっしゃいますか?

私が高校生の頃にベトナム戦争が起きていて、アメリカ軍の行為に対して「これは許せん」という思いがありました。また、水俣病をはじめとする公害事件の報道が盛んで、三鷹事件や松川事件など冤罪事件に関する本も読んで、「これはどうにかしなきゃならん」という若い正義感のようなものも持っていました。そこで、将来的にどんな職業に就こうかと考えたときに、ジャーナリストか弁護士になろうと思ったんです。戦争の問題も、公害も、冤罪事件も、いまで言う“人権”につながるもので、「巨大な悪と戦う」という点で共通すると考えていました。そこが、私が人権というものと関わりを持ったきっかけです。

――かなり若い頃から人権についてお考えだったのですね。それで、どうして弁護士を選ばれたのですか?

私はミーハーなので(笑)、ジャーナリストはかっこいいなと思っていたのですが、生まれつきの才能が必要だろうと感じていまして。それで、「弁護士であれば、試験はむずかしいといわれているけれども、努力すればなれるんじゃないか」と大学の法学部に入りました。大学では、公害や差別の問題に関する勉強会などを行うサークル活動をしていました。

“大きな人権”と“小さな人権”

――大学で法について学んだことで、人権に対する考えは変わりましたか?

司法試験合格後、司法修習生時代の文集のようなものに《大きな人権、小さな人権》という文章を書いたことがあります。“大きな人権”というのは、たとえば、100人もの弁護団がいたり、全国紙の一面を飾ったりするような公害事件や冤罪事件などに関わる人権です。一方で、“小さな人権”とは、たとえば「相続財産は、発言力のある男性が多くもらえて、女性は少しでいい」「資金繰りが苦しくなった中小企業を救おうとしない」といった問題に関する人権です。そのような小さな人権、つまり小さな正義を、自分はコツコツと大切にしていきたいと書いていたんですね。その文章でも“人権”という言葉を使っているので、当時から人権というものに対する自分なりの概念を持っていたのだと思います。

社会的不正義に対峙する

――なるほど。実際に弁護士活動を始めてからは、どのように人権と向き合ってこられたのですか。

私が入った弁護士事務所は、私を含めて全3名の事務所で、交通事故や相続などの一般民事事件を扱っていました。いわゆる普通の“町の弁護士”でしたが、自由にやらせてくれる事務所だったので、私は独自に地元の大型マンション建設に反対する住民運動などにも積極的に取り組んでいました。まだ当時は「人権ありき」というよりも、「弱いひとたちをいじめる、政府や大企業など“力が強い組織”と戦うぞ」という感じの活動でしたね。そのように、実際に弁護士として人権に関わったのは、「大きな社会的不正義や小さな社会的不正義と戦う」というところが出発点でした。

行動原理は、二つだけ

――高校生のときに抱いた正義感や「悪と戦う」という原点は、まったく変わっていないのですね。

そうですね。以前、友人から、「國廣さんは非常に単純な人で、行動原理が二つしかないね」と言われたことがあります。「『かわいそう』と『許せん』の二つの原理だけで、ほぼすべての行動の説明がつく」と。ですから、そもそも「人権第一!」というところから始まったわけではなく、私の性格的な問題で、「かわいそう」と「許せん」の結果が、人権というものにつながっていったのかなと思っています。そして、町の弁護士を続けているうちに、バブルの崩壊や大企業の倒産、銀行の破綻といった時代背景のなかで、山一證券の破綻に関する社内調査委員会(清武英利著「しんがり 山一最後の12人」参照)に関わったことを契機に、企業の危機管理やコンプライアンスという新しい分野を切り開いてきました

――そして、大手企業からの信頼もどんどん得てこられたのですね。

私は大企業の仕事というものにはこだわっていないので、相手が社長さんであろうが、言いたいことを言います。それによって、嫌な顔をされることもありますが(笑)。しかし、私の声を受け入れて、むしろそのようなことを好ましいと考える大手企業からの依頼も自然に来るようになりました。そして、企業としっかりとディスカッションするというスタイルを続けてきたことで、コーポレートガバナンスなど企業の中枢にかかわる案件の依頼が増えた結果、現在に至っています。しかし、自分としては、昔とベースはあまり変わっていないんですね。人権を前面に出しているわけではないけれども、基本的には「許せん」と「かわいそう」という二つの原理で動いていて、その“場所”が企業なのか住民運動なのかというちがいだけなんです。だから、相手が社長であれ、大企業であれ、国であれ、間違っているものは間違っているとはっきり言います。

企業の持続的成長に必要なもの

――そのように、大きな組織と戦うことに怖さは感じませんか?

全然怖くないですね。こっちは、ただの零細企業のオヤジで、弁護士で、思ったことを言っているだけですから(笑)。言論の自由がありますし、うるさいやつだと思われたり、嫌われたりするくらいで、リスクはないですよね。弁護士のなかには、「企業に対して物申すと、企業から仕事が来なくなるんじゃないか」という恐怖心を持つ方もいるかもしれません。でも、私は逆だと思っていて、「外部の厳しい意見が、ガバナンス上、必要だ。それが企業の役に立つ」というふうに企業側の意識もすごく変わってきていると感じています。実際、私も大手企業の外部役員などをやっていますし、いろいろな異論・反論を聞くことで「自分たちをしっかりと持続的に成長させるために何が必要か」と考えている企業は少なくないと思います。ただ、残念ながら、そうではない企業も多いと思いますが。

日本企業のグローバル化で人権問題に注目が

――人権について、これまでは新聞の社会面で取り上げられることが多かったですが、近年では経済面でも見かけることが増えてきました。その背景には、どのようなことがあるとお考えですか?

10年ほど前までは、人権問題は企業の問題というよりも、基本的には「政府対国民」といった位置付けだったと思います。日本企業で社員の過労死が起きても、人権問題として捉えられないこともありました。しかし、それが人権問題としてだんだん捉えられるようになってきたのは、日本企業のグローバル化と関係していると思います。現在のようにSDGsやESGが話題になる前から、海外ではサプライチェーンにおける人権問題は広く問題視されていましたが、日本にはそのような情報はあまり入ってきませんでした。しかし、日本企業が海外で事業を展開するなかで、ビジネスと人権というキーワードが日本にも入ってきて、次第に国内でも浸透してきました。

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著書「企業不祥事を防ぐ(日本経済新聞出版社)」

NGOと企業の関係が変化

――海外では、どのような動きがあったのでしょうか。

海外のNGOが人権問題について国連などに働きかけることによって、それまでは「国と国」の問題に関わってきた国連が、「企業というものが人権に対する脅威になり得る」と考えるようになりました。しかも、グローバル企業が与える影響は非常に大きいため、たとえば児童労働や奴隷労働がサプライチェーンのなかで起きていることをNGOが問題視して国連に働きかけることも増えました。NGOにもいろいろなタイプがありまして、とにかく「企業を叩くばかり」というNGOも存在しますが、そうではなくて「企業の行動を変える」という現実論の運動が盛り上がってきています。そのきっかけになったのは、2008年に国連でハーバード大学のジョン・ラギー教授が行った「企業とNGOとが一緒になって、人権問題を改善していきましょう」という提唱です。その提案は、2011年に『ビジネスと人権に関する指導原則』として国連の全会一致で承認されました。『ラギー・フレームワーク』とも呼ばれるこの原則によって、NGOと企業が対決するのではなく、ある種の緊張関係は保ちながらも、お互いに対話を繰り返しながら、企業のサプライチェーンにおける人権問題を改善し続けていくためのプロセスを確保していこうということになったのです。

「企業に何ができるのか」がますます重要に

――そのような流れのなかで、企業の対応も変化していったのですね。

企業側から見てもリスク管理というメリットがありますから、その動きがだんだん活発化して、国連もSDGsなどを主導していって、「企業は何ができるのか」という人権や環境の問題に関するグローバルな運動になってきています。また、イギリスをはじめとする各国で現代奴隷法ができて、児童労働や長時間労働などの問題が見える化されてきました。さらに、投資家たちが人権や環境問題についてスコアリングして投資する企業を選ぶESG投資も注目されるなかで、現在のように人権に注目が集まっているのだと思います。しかし、ビジネスと人権の問題に関して、日本が先行しているとはまだ言えない状況です。

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<後編へ続く>

関連情報

國廣氏がLexisNexis Japan Governance Day 20021のキーノートに登壇します!ぜひご参加ください。

キーノート「グローバル展開する日本企業のビジネスと人権」

国広総合法律事務所 パートナー弁護士 國廣正氏

最近「ビジネスと人権」や「SDG's」といった言葉が一種の流行のようになっており、ビジネス街ではSDG'sバッジをつけたビジネスパーソンを見かけることが多くなりました。しかし「ビジネスと人権」や「SDG's」を自分の言葉で説明できる人は少ないのではないでしょうか。本講演ではこれらの問題、特にサプライチェーンの人権問題がグローバル展開する日本企業にとって大きなリスクになっていることを、豊富な実例をあげながら検討を加えます。そしてこの問題の重要なステークホルダーであるNGOの活動の実際を明らかにしつつ、企業のリスク管理の専門家であると同時にNGOのアドバイザーでもある講師の実務経験に基づき、日本企業がNGOとの関係をどのように構築するのかについて考察します。

詳しくはこちら ≫ LexisNexis Japan Governance Day 2021