近年、「ビジネスと人権」や「SDG's」といった言葉が一種の流行語のようになり、一般社会にも浸透してきました。そして、これらの言葉に関する問題、特にサプライチェーンにおける人権問題がグローバル展開する日本企業にとって大きなリスクになっています。そこで、企業の危機管理やコンプライアンスの専門家であると同時に、NGOのアドバイザーも務める國廣正弁護士に、ご自身と人権問題との関わりや、日本や海外における「ビジネスと人権」の現状、そして日本企業の経営陣や法務担当者が取るべき対策などを伺いました(前・後編)。
(インタビュアー/レクシスネクシス・ジャパン株式会社 代表取締役社長 斉藤太、リサーチ&コンサルティング シニアマネージャー 漆崎貴之)

国広総合法律事務所 パートナー弁護士 國廣 正 氏
大分県生まれ。東京大学法学部卒業。専門は、企業の危機管理、コーポレートガバナンス、コンプライアンス、会社法訴訟など。現在、東京海上日動火災保険㈱社外取締役、オムロン㈱社外監査役、Zホールディングス㈱社外取締役を務めるとともに、国際人権NGOヒューマンライツナウの運営顧問も務める。

レクシスネクシス・ジャパン株式会社代表取締役社長 斉藤太
1999年に日本でオフィスを開設し、ニュース、法令、企業、知財情報を中心に、事業法人、大学、官公庁、法律事務所等、幅広くサービスを展開。国内ではコンプライアンス順守に特化した法情報ワンストップソリューション”LexisNexis🄬 ASONE”をリリース。世界130か国以上でサービスを提供するRELXグループの一員。

レクシスネクシス・ジャパン株式会社リサーチ&コンサルティング シニアマネージャー漆崎貴之
企業法務向け書籍・月刊誌の編集やコンプライアンス・ソリューションの企画・開発業務を経て、現職。レクシスネクシスでの16年の在籍期間中、2,000社以上を訪問して得た知見を基に、競争法・環境法等各種規制対応や、子会社管理など、コンプライアンス全般の支援を行う。
NGOとの対話を怖がる必要はない
――前回、「NGOと企業が対決するのではなく、お互いに対話を繰り返しながら人権問題を改善するプロセスが重要だ」というお話がありました。NGOとの対話が上手になるために、日本企業へのアドバイスをいただけますか。
NGOと対話した経験がある日本企業の経営者はほとんどいないんじゃないでしょうか。だから、漠然と「怖い」と感じて、苦手意識を持っているのだと思います。NGOは「企業を潰そう」と思っているわけではありませんから、実際に対話してみると、話が結構通じるものです。しかし、最初からドアを閉めてしまって対話を一切行わない企業が多いので、まずはぜひ対話してみてほしいと思います。「対話イコール屈服」ではありませんから、きっと得るものがあるはずです。
そして、私がいつも言っていることですが、「NGOが求めるものに対して、100点満点の答案でないと怒られる」といった考えで「100点じゃない限りは答えを提出しない」という姿勢では対話は成立しません。「100点を要求されても、そこまではできません。でも、60点までやります」という対話でもいいと私は思います。
企業側のマインドセットの変化が不可欠
――対話を行って、無茶な要求をしてくるNGOにはどのように対応すればよいのでしょうか?
そのときは、はっきり「NO」と言えばいいんです。「そんなことを言われても、できない」というキッパリした対応が大事です。同時に、対話を通して「受け入れるべきことは受け入れる」という発想を持つことが大切で、それは自分たちにとってメリットがあるのだと認識することが重要なのです。
少し前に「わきまえている女性」という趣旨の男性政治家の発言が問題になりましたが、あの発言は、性別が女性の会議に「花を添えるだけの存在」を求めている旧態依然とした男性社会のホンネ、つまり男性社会に同調する“名誉男性”がほしいだけだということが明白になったものだと思います。しかし、それは本来の「多様性」を理解しない間違った考えです。既存の組織に異議を唱えられるひとを迎えることによって、組織は鍛えられるということが理解できていないんですね。
あの発言が象徴するように、自分たちとちがう種類のひとを迎え入れることが、日本の組織や企業ではまだむずかしいという現実があるのだと思います。
――物言う女性だけでなく、物言うNGOや物言う株主は嫌だということですね。
その通りで、「わきまえた」ひとが一番いいというわけです。まさに「忖度」と「空気」で物事が決まっての世界です。しかし、そのような企業は、グローバル化した世界で成長していくことはできません。前回お話しした『ラギー・フレームワーク』と呼ばれる原則の例を見てもわかるように、「対話を行い、厳しいことを言われることで自分たちと異なる視点に気づけて、改善ができるから、自社が持続的成長もできる」という最も基本的なところを理解して、マインドセットを変えることが重要です。
これを理解・認識できるかどうかは、個々の会社の企業風土次第です。そして、その風土を形づくる最たるものは、経営トップの意識です。経営トップが「ただ単にSDGsバッジを身につけているだけ」なのか、それとも「本当に自分の頭でビジネスと人権の問題を考えている」のかによって、社風も変わってしまいます。
経営層の意識を変えるには?
――ほかに、どのような企業側の問題がありますか?
日本企業でよく見られるのが、コンプライアンスやCSR(Corporate Social Responsibility。企業の社会的責任)の担当者はさまざまな勉強をしていて、「人権問題にきちんと取り組まなければいけない」という問題意識を持っていても、経営層を説得できないというケースです。こういった状況は、企業のコンプライアンスが問われ始めたときにもよく見られました。
たしかに、ボトムアップで経営層を動かして、意識を変えていくのはなかなか大変です。経営層自身が痛い目に遭えば一番わかってもらいやすいのですが、それでは学習の代償が大きすぎますよね。
――経営層に対して実効性のある方法はあるのでしょうか?
一つの方法として、「社外の人間が経営層に直接語りかける」ということがあります。たとえば、私が企業からの依頼で行っている役員向け研修では、細かい法律の話ではなくて、「人権問題に取り組まないと、こんなことになってしまう」というショック療法も交えながら、役員の意識に働きかけるようにしています。
そのように、現場の担当者は外部の力も活用して、経営層に「自分たちが直接、何とかしなければならない」と思わせるための戦略を練ったほうがいいと思います。
本来のコンプライアンス活動を行うために
――日本企業のコンプライアンスを行う部門がそのような状況にあるなかで、「社外向けに自社の取り組みをアピールすることばかりに労力を費やし、本当の意味でのコンプライアンス活動との連携が取れない」との声もよく聞かれます。こういった現状について、國廣さんはどのようにお考えですか?
おっしゃる通り、現場の皆さんは人権問題やSDGsなどへの取り組みが“形”だけではだめだとわかっていて、すごく悩んでいると思います。ところが、それらの問題に関するリテラシーが低い経営層には、「ESGの評価点数を上げるためには、どんな文章をつくればいいのか」というレベルに留まっているひともいます。
ですから、本来のコンプライアンス活動を行うためにも、まず経営層に「取り組まなければ痛い目に遭う」という現実と、「逆に取り組むことがプラスになる」ということを理解させなければいけません。
さらに、経営層が理解・留意しておくべきポイントとして、「投資家が、企業の取り組みを見極める力をつけてきている」という点も重要です。先日、大規模な機関投資家の責任者の方と話した際には、「投資先選定にあたって、ESGのスコア以上に経営トップの考えを重視している」と言っていました。そのような動向も、経営層は認識するべきだと思います。
投資家もNGOも“進化”している
――経営者を見極める投資家の目も、“進化”しているということですか。
そうです。もちろん、数千社もの上場企業の全経営者の考えを聞くことはできませんから、ESGのスコアは重要な指標になるでしょう。ですが、機関投資家自身が「投資先企業が人権問題などサスティナビリティを確保できているか」ということを見極められていなければ、受託者責任を果たせません。機関投資家は企業を評価していますが、その一方で自分たちの能力も問われているわけです。
また、最近はNGOが“対話のターゲット”に機関投資家を加えてきています。企業に直接対話を求める以外に、その企業に投資している投資家にアプローチして、投資家側から企業への働きかけを強化させて、適切な取り組みを行なわない企業からは投資を引き揚げさせるのです。このような攻め方によって、企業の行動が変わり、結果として人権問題がグローバルに改善されることを目的にしています。
“企業への直接的な攻撃”、“企業との対話”、そして“投資家への働きかけ”など、人権問題を重層的に解決しようというふうにNGOも進化しているのです。
“自分たちが一番弱い部分”に取り組むべき
――日本企業としては、いままでお話しいただいたようなことをきちんと理解して、NGOや投資家を含めた社外に対してうまくアピールしていかなければならないのですね。
そうですね、アピールの前提として、理解することが何よりも大切です。もちろん、きちん理解している日本企業や経営者もたくさん存在します。しかし、日本の企業の総数から考えると、まだ十分ではないなと私は思います。「どうすればいいんだろう……」と対応に苦慮している企業がまだ多いんですね。
たとえば、SDGsの17の目標であれば、それをすべて達成しろということではなく、まずは自分たちができることをすればいいと思います。ですが、それを免罪符にして「自分たちはここしかできないから、ここだけやる」というのではなく、“自分たちが一番弱い部分”に取り組むことが非常に重要です。
今後の変化に備え、将来を見据える目が重要に
――今後、ビジネスと人権の問題はどのようになっていくのでしょうか。
多くの先進国で現代奴隷法ができているように、人権問題に関する動きは、私たちが想定している以上に大きく変化しています。石炭火力発電の全廃のように、数年後には、これまでは考えられなかったような事態が起こる可能性もあります。
世界を舞台に事業を行なっている日本企業にとって、その流れに後れを取るということは、成長ができないということです。ですから、ビジネスと人権の問題も、コンプラアンスへの取り組みと同様に、「リスク管理として取り組む」という“守り”と「自社の成長力になるから取り組む」という“攻め”で 1セットだと理解して推進していってほしいですね。
――そのような取り組みを行っていくために、経営トップにはどのような資質が求められるとお考えですか?
グローバルな視点で、人権や環境の問題を含めて、「世界がどう変わるのか」という将来をしっかり見据える目が必要だと思います。それができれば、自分や自社がやらなければいけないことも自ずと見えてくるはずです。

<完>
関連情報
國廣氏がLexisNexis Japan Governance Day 20021のキーノートに登壇します!ぜひご参加ください。
キーノート「グローバル展開する日本企業のビジネスと人権」
国広総合法律事務所 パートナー弁護士 國廣正氏
最近「ビジネスと人権」や「SDG's」といった言葉が一種の流行のようになっており、ビジネス街ではSDG'sバッジをつけたビジネスパーソンを見かけることが多くなりました。しかし「ビジネスと人権」や「SDG's」を自分の言葉で説明できる人は少ないのではないでしょうか。本講演ではこれらの問題、特にサプライチェーンの人権問題がグローバル展開する日本企業にとって大きなリスクになっていることを、豊富な実例をあげながら検討を加えます。そしてこの問題の重要なステークホルダーであるNGOの活動の実際を明らかにしつつ、企業のリスク管理の専門家であると同時にNGOのアドバイザーでもある講師の実務経験に基づき、日本企業がNGOとの関係をどのように構築するのかについて考察します。