令和2年10月の臨時国会で、菅義偉首相は所信表明演説の中で「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。これは「日本国として2050年までに温室効果ガスをゼロにして脱炭素社会を実現する」ことを意味します。首相の声明に呼応して、2021年(令和3年)3月には「地球温暖化対策推進法」の改正案が国会に提出され、現在審議が進められています。
そこでレクシスネクシス・ジャパン株式会社では、改正法の内容と企業に関わる条文解釈、および今後の対応策について、環境経営部門チーフディレクターとして活躍中の有限会社洛思社・代表取締役である安達宏之氏に解説していただきました。
気候変動と「実質ゼロ表明」の核心
産業界に激震が走ったといわれる、菅首相の「カーボンニュートラル宣言」の核心に迫りましょう。
「カーボンニュートラル宣言」のインパクト
菅首相による「実質ゼロ表明(2050年カーボンニュートラル宣言)」により、日本は行政府の長が、地球温暖化問題(気候変動問題)に関して理想論でなく期限付きで具体的な対策を全世界に約束したことになります。この宣言は、現在生産活動においてCO2(二酸化炭素)などの「温室効果ガス」を排出している企業を含めて、社会全体で30年以内に排出をゼロにすることを求めた内容です。
そもそも温暖化対策については、1997年の「京都議定書」を継承して、2015年12月にフランスのパリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)にて世界約200国が合意して成立した条約(通称「パリ協定」)が対策目標の基準となりました。パリ協定では、地球の気温上昇を2℃より低く下回るよう、さらに1.5℃までに抑える努力目標を掲げています。
「パリ協定」と世界情勢の動向
パリ協定を受けて、日本政府は2016年に「地球温暖化対策計画」を閣議決定し、その時点では「2030年までの中期目標として温室効果ガス排出を2013年対比の26%に削減、そして2050年までに80%までに削減する」という目標を提示していました。この80%という目標の削減数値を見直し、一気に引き上げて100%、すなわち2050年までに排出ゼロにするというのですから、企業対策も強化されることとなり、産業界に激震が走ったのです。
今回、日本政府が思い切った強化策に舵を切ったのは、世界第3位の経済大国として、国際社会からの厳しいプレッシャーもありましたが、何よりも、バイデン政権による、米国のパリ協定復帰という影響が大きいといえます。GDP、温室効果ガス排出量共に世界上位という米国がパリ協定順守の姿勢を示した以上、日本も本腰を入れて対策を講じる時期に来ているということでしょう。
産業界に問われる姿勢
これまでの産業界は温暖化対策の意義を理解しながらも、温室効果ガス削減実行に対する「政府の支援」を期待して様子見という状態だった企業も少なくない状況でした。しかしながら、政府が本気で「2050年カーボンニュートラル宣言」の実行に向けて法制化を進めるとなれば、政府支援の有無に関わらず企業も排出ゼロに向けて走るしかない状況となったわけです。
温暖化対策推進法とは?
「温対法」や「温暖化対策推進法」と呼ばれる「地球温暖化対策の推進に関する法律」は、「京都議定書」に基づき温室効果ガス排出の抑制を目的として1998年に成立した法律で、その後何度かの改正を経て、今回の長期目的達成のために一歩踏み込んだ改正案として国会に上程されています。現在は、温室効果ガスの「抑制」となっている記述が、改正案では「削減」と強めの表現に変更されました。
本法における企業規制に関する部分は同法の第26条です。大規模に温室効果ガスを排出する企業を「特定排出者」と規定し、該当企業に対し排出量の「算定・報告・公表」を義務付けた内容です。なお、温室効果ガスとは、同法第2条によって「二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、ハイドロフルオロカーボンのうち政令で定めるもの、パーフルオロカーボンのうち政令で定めるもの、六ふっ化硫黄、三ふっ化窒素」と規定されています。
(注)特定排出者とは:
①エネルギー起源CO2:省エネ法の特定事業者、特定荷主、特定輸送事業者
②上記以外の温室効果ガス:次の要件を満たす事業者
- ガスの種類ごとに排出量合計CO2換算で3,000t以上
- 事業者全体で常時使用する従業員の数が21人以上
令和3年改正法案の企業に関する重要ポイント
温対法の改正案で、企業に関わる部分の重要ポイントをまとめてみましょう
パリ協定や2050年カーボンニュートラル宣言を踏まえた長期的な視点
改正案では、「パリ協定の実現のために、長期的な方向性を法律に位置付ける」ことを改正の主眼として、そのために「脱炭素に向けた取組・投資を促進する」としています。そして菅首相が国会で表明した「2050年カーボンニュートラル宣言」を基本理念としてそれを法制化することが改正趣旨というわけです。
2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにすることを明確に法律に定めたうえで、これまでのような「環境と経済」を相反するテーマとしてではなく「環境と経済の好循環」という意識で経済活動をすることを産業界に求める内容となっています。
事業者の脱炭素化に向けた温室効果ガス算定・報告・公表制度等の見直し
今回の法改正によって、各企業が具体的に対応を迫られる項目は、「算定・報告・公表制度」の見直しに関するものです。主な改正点は二つあります。ひとつは「企業からの温室効果ガス排出量報告を原則デジタル化にする」というもの、もうひとつは「事業所単位での温室効果ガス排出量報告が開示から公表となる」ということです。これまで排出量など公表されていたのは、特定排出者の企業単位の排出量でした。事業所単位での排出量を国民が知るためには「開示請求」する必要がありました。改正案では、この「開示請求」を不要にし、内容を電子化して公表される内容となっています。
これは、ESG投資(環境・社会・ガバナンスを考慮した投資)にもつながる企業の排出量情報のオープン化を法的な観点からさらに促進したものです。報告から公表まで現状2年かかっている期間を、1年未満に短縮する部分もポイントとなってきます。この改正内容は、企業に対する公表制度がさらに注目されることになるでしょう。特に事業所別の排出データが開示から公表になる部分については、個々の事業所での取り組みの強化につながると思われます。
企業に迫られる素早く、力強い対策
気候変動対策は今回の温対法の改正案だけではなく、国際情勢の変化や自治体の動き、そしてその他の法令(省エネ法、フロン排出法など)の改正動向などもリアルタイムに注視しておく必要が企業側にはあります。改正案は2021年(令和3年)3月に国会に提出されており、今後は順調に可決される見通しです。法案によると公布から1年以内に施行されるということなので、2022年(令和4年)中には改正温対法として正式に施行される見込です。温室効果ガスの排出が事業の継続に避けられないという企業は、改正案の趣旨と内容を深く理解した上で、今のうちに対策の準備をスタートさせる必要性に迫られています。
なお、改正案の条文を読むだけでは内容の理解が難しい部分も多いため、詳細は「令和2年12月地域温暖化対策の推進に関する制度検討会」の報告書を読むとよいでしょう。
まとめ
今回、安達宏之氏に解説していただいたように、温対法改正という産業界に大きな影響を及ぼす法改正が行われる際には、日常から精度の高い情報収集能力とその解析スキルにより、事前に対応を講じることが必要不可欠です。
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