【インタビュー】日本企業を取り巻く危機管理やコンプライアンスの深層について考察する

08 Jun 2021 9:00 am

企業におけるコンプライアンスの重要性が叫ばれて久しいが、日本企業の不祥事は後を絶たない状態が続いています。各企業がコンプライアンスによる規制を強化している一方で、実際には社内に浸透していないという声も多く聞かれます。そこで、企業の危機管理やコンプライアンスの専門家であり、『企業不祥事を防ぐ』などの著書もある國廣正弁護士に、日本の企業の危機管理・コンプライアンスを取り巻く状況や、コンプライアンスに関する想いなどを伺いました(前・後編)。

(インタビュアー/レクシスネクシス・ジャパン株式会社 代表取締役社長 斉藤太)

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國廣正(くにひろただし) 国広総合法律事務所 パートナー弁護士

大分県生まれ。東京大学法学部卒業。1986年に弁護士登録。86年から90年まで、那須弘平 弁護士(2006~2012年:最高裁判事)の事務所に勤務し、訴訟事件を中心に業務を行う。90年から92年にかけて渡米しニューヨークの法律事務所で研修。帰国後、国際業務を専門に扱う法律事務所の勤務を経て94年1月に國廣法律事務所(現国広総合法律事務所)を開設。

山一證券破綻への対応がきっかけに

――そもそも、國廣さんが危機管理やコンプライアンスの分野に目を向けたきっかけは何だったのですか?

1997年に、バブルが崩壊して、山一證券が破綻するという非常にショッキングな事件が起きました。その頃までは、日本の大企業、ましてや金融機関というものは潰れないと言われていましたが、突然潰れてしまったわけです。その、経営陣による2600億円もの不良債権隠蔽の実態を調べるために、社内調査委員会が発足されて、私が外部弁護士として委員になりました。

当時は、大きな事件や不祥事を起こした会社について、その実態を解明するというプラクティスはまったくありませんでした。それを、調査委員会という形で、経営陣の隠蔽行為をしっかり調査し、徹底的に事実や真因を究明して、いまで言う「ステークホルダー」への調査報告書開示まで行ったのです。このような、現在の“第三者委員会”の原型となるような事案に携わったことが、私が危機管理やコンプライアンスの分野に取り組むきっかけになりました。

山一證券の破綻後、多くの企業不祥事が起きましたが、“山一モデル”をもとにして「不祥事を隠さず、徹底的に事実を究明し、自浄作用によって企業を再生する」という一つの危機管理モデルをつくり上げてきました。

“青臭い正義論”は通用するのか

――「正義は勝つ」ということはとても大切ですが、場合によっては、大人の事情で理想通りにならないこともあると思います。そのようなギャップをどう埋めていけばよいのでしょうか。

おっしゃる通り、20数年前から、「不正に正しく向き合い、自浄作用を果たす」というやり方は、青臭い正義論や建前論、奇麗事だとよく言われました。しかし、現実問題として、青臭い正義論だとして取り合わず、不適切なものを隠したり誤魔化したりしていた企業の隠蔽が暴かれ、糾弾されてどんどん潰れていきました。

終身雇用が当たり前の時代で、従業員が会社に忠誠を尽くすという企業社会であ れば、不正の隠蔽や誤魔化しをしても、秘密を墓場まで持って行って逃げ切ることもできました。しかし現在は、終身雇用が崩壊に向かい、会社を「おかしい」と感じたひとがネットなどを利用して内部告発を社外に公開するというふうに、日本の社会は変わっています。このような社会や時代の変化のなかでは、従来のように、仲間内だけでの隠蔽などは通用しません。不祥事などで企業が危機に至ったときに生き残るためには、青臭い正義論と言われていた手法こそが、もっとも“正しく”、経済合理性もある対処方法だと考える必要があるでしょう。

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斉藤太(さいとうふとし) レクシスネクシス・ジャパン株式会社 代表取締役社長

1999年に日本でオフィスを開設し、ニュース、法令、企業、知財情報を中心に、事業法人、 大学、官公庁、法律事務所にサービスを展開。国内では法情報ソリューションLexiNexis🄬 ASONEをリリース。世界130か国以上でサービスを提供するRELXグループの一員。

日本の社会経済モデルが変化した3つの要因

――コンプライアンスが当たり前の現在、以前と社会経済のシステムが変わった大きな要因は何だとお考えですか?

一つ目の要因は、昭和の時代の、いわゆる日本の高度経済成長モデルがなくなったことでしょう。「各社が横並びの“同質集団”で、いいものをつくれば売れる」という成功モデルは通用しなくなりました。

二つ目は、「失われた20年・30年」の間に世の中の変化が激しくなり、より複雑化していくなかで、そのような変化に対応する力が企業側に求められようになったことです。

そして、三つ目の要因としは、IT技術や地球環境対策などの面でグローバルな変化が起きて、それに対応できない日本企業は競争に負けてしまう状況になったことが挙げられます。

さらに、以前の日本社会であれば内部告発者は制裁の対象にもなり得ましたが、公益通報者保護法によって通報者を保護しようといった法律の変化も大きなポイントだと言えるでしょう。

“ものがたり”のあるコンプライアンスとは?

――國廣さんは、著書の『企業不祥事を防ぐ』のなかで「ものがたりのあるコンプライアンス」を提唱されていらっしゃいますよね。その内容について、詳しく教えていただけますか。

最近ようやく、コンプライアンスが大切だということは、世の中の常識になってきました。ですが、いわゆる“真面目”な企業の多くは、ルールをたくさんつくって、トップダウンで「これを守りなさい」と従業員をがんじがらめに縛り付けてコンプライアンスを達成しようとしているように見受けられます。

しかし、このやり方では、必ず失敗します。なぜなら、押し付けられる側としては「コンプライアンスは、やらされるもの」と受け身で考えてしまい、自発的に「正しいことをしよう」という意欲や判断力を奪うからです。

――それに、過剰なコンプライアンスで、従業員は“コンプラ疲れ”してしまいますね。

そうです。そうなると、「ルールを回避してしまおう」「形の上だけ守って、うまくすり抜けよう」と考える危険もあります。そのような状態では、危機管理や不祥事防止の機能はまったく果たしていないと言えるでしょう。本来は、「何がいいか」「何がいけないか」ということは、ルールブックを見て解釈して決めるのではなく、「その企業がステークホルダーからどう見られているのか」という観点から判断しなければいけません。それが、本当の意味でのコンプライアンスです。

そのためには、役員も含めて社員全員が、「自分たちは、なんのために、ここで働いているのか」ということや、「働くことによって、お客さまや社会に喜んでもらい、その結果として企業価値が上がり、自分の生活も豊かになる」という“ものがたり(ストーリー)”を持つことが大切だと私は考えています。

ものがたりは、決してむずかしいものでなくても構いません。ちゃんと腑に落ちる、明確なものがたりを一人一人が持っていれば、自分がやろうとしていることが正しいのかどうか、自己判断できるはずです。それに、コンプライアンスにも、ものがたりがあったほうが楽しいですよね。

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著書「企業不祥事を防ぐ(日本経済新聞出版社)」

自分で正しいと思える“ものがたり”が必要

――先ほどおっしゃられた“青臭い正義”など、誰もが大切だと思っていることでも、社会人や大人になるとどんどん失っていってしまいますよね。それは、組織に問題があるのでしょうか。

もちろん、世の中はいろいろ複雑で、筋論だけでは通りにくいことはたくさんあります。組織内にも、どんなに正しいことでも「世の中はそういうものじゃない」という“オトナの理論”があるのも確かです。

――組織で働くひとは、どう対処すればいいのですか?

ここでも、ものがたりを持つことが大切です。“理想”と言い換えてもいいかもしれません。「自分や自分の会社が、人類平和のためになる」という大きなものがたりも考えられますが、もっと個人的で小さなものがたりでもいいんですね。たとえば、日々の仕事をするなかで、家に帰って「今日は、自分はこんな仕事をしたんだよ」と、その日のものがたりを家族に語れるかどうかという判断基準でもいいと思います。

「今日、上司から『売上を誤魔化しておけ』と言われた。でも、自分は『それはダメです』と断った。上司は嫌な顔をしたけど、自分はがんばったんだよ」という話であれば、子どもにも“きちんと話せるものがたり”です。しかし、「わかりましたと言って、誤魔化した」ということであれば、それは子どもに“話せないものがたり”ですよね。そのように、自分で正しいと思えるものがたりが仕事の基本部分にあるべきだと思いますし、ものがたりという“正義”を持っていれば、自分自身が強くいられると思います。

もし、売上の誤魔化しという“オトナの対応”をした従業員は、次は同じことを後輩従業員に強要するでしょう。そういう“小さくて、悪いものがたり”が積み重ねられることで、企業の力は削がれていってしまうと思います。

「社会の公器」として、企業のあるべき姿

――ものがたりがある企業文化をつくり上げていくには、経営トップが発信するメッセージが非常に大切だと思います。そのなかで、ステークホルダーに向けては、どのようなことが重要になりますか?

企業というものは、社会のなかで生きています。社会に存在し続けて、持続的に成長しないと潰れてしまいます。さらに、雇用も守れなくなって、良いサービスを世の中に提供することもできなくなります。株式会社は営利企業なので、利益をあげる必要がありますが、社会のための活動によって利益を得るということは、社会=ステークホルダーに認められなければいけないということです。つまり、自社の顧客だけではなくて、株主、取引先、従業員、その家族、地域住民など、さまざまなステークホルダーに支えられているからこそ、事業を行なえていると言えます。

このように、企業が「社会の公器」というパブリックな存在である以上、経営トップのメッセージや企業理念も、ステークホルダー抜きには考えられません。

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お天道様が、いつも、見ている

――以前、私が國廣さんのコンプライアンス関連の講演を聞いたときに、「お天道様が見ている」とおっしゃっていらっしゃいました。これは、現在の企業コンプライアンスにおいて、どのような意味を持つのでしょうか。

コンプライアンスという言葉は、すでに定着はしていますが、外来語ですし、少し手垢がついているなと私は感じていました。また、メディアで“コンプラ疲れ”といった取り上げ方をされるように、本来の意味とは異なる使われ方も少なくありません。本来は、企業や従業員一人一人のものがたりや、企業理念と結びつくものでなければならないのですが、コンプライアンスと聞くだけで気が滅入ってしまうという状況も生じています。

そこで、日本語でわかりやすく表現できないかと考えて、たどり着いたのが「お天道様」でした。「お天道様は見ているよ」と言葉が、私が考えるコンプライアンスに一番近いのではないかと思ったのです。ここまでの話の流れで言えば、ステークホルダー、あるいは企業理念と呼んでもいいかもしれません。「ほかの人にバレなくても、お天道様は見ているよ」ということですから、「自分を律する」という正しい行動につながると考えています。

原理としてはシンプルですが、「お天道様から見て大丈夫な行動」を常に実践することは大変です。社会で生きる以上、ちょっとお天道様から隠れてやらなければならないということは、誰にでもあるでしょう。しかし、企業が大きな決断を行う際などには、行動原理としてお天道様というイメージを持っていると、本当に大切な根本的な部分で間違えを犯すことはないのではないかと思います。

<後編へ続く>

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