【インタビュー】グローバル・コンプライアンス体制の構築・運営の成功に不可欠な“取り組み”とは?(前編)

05 August 2022 09:00

海外進出や海外子会社管理などを行い、日本企業がグローバル競争で生き抜くためには、経営における”リーガル視点”が不可欠です。ますますビジネスが複雑化・多様化するなか、どのように”事業を支えるグローバル・コンプライアンス体制”をつくり上げていけばよいのでしょうか――。

今回、デンカ株式会社法務部長の渡邉健氏にインタビューを行い、グローバル・コンプライアンスの課題や、それらを突破するために意識すべきポイント、同社の取り組み事例などをお伺いしました。ここでしか聞けないお話のなかから、皆様の今後のビジネス活動のヒントを見出していただければと思います。(前・後編)

(インタビュアー/レクシスネクシス・ジャパン株式会社 コンテンツ開発部ダイレクター 小幡 等)

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デンカ株式会社
法務部長 渡邉 健 氏

大和総研などを経て、2017年、デンカ株式会社入社。欧州各国やアジア各国、米国(シリコンバレーなど)、 イスラエルなどで、大小さまざまな規模の120件以上のM&A・資本提携・各種アライアンスを実施。同時に、買収後のPMIや経営戦略策定支援を含む、企業集団の内部統制の構築・改善・強化なども担当。東京大学法学修士(会社法・国際私法)。同志社大学大学院法学研究科非常任講師(国際的M&A)。

まず、体制の構築・運営の目的の明確化を

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――グローバル・コンプライアンス全般に関して、渡邉さんはどのような課題を感じていらっしゃいますか?

グローバル・コンプライアンス体制、またグローバルなグループ・コンプライアンス体制に関して、「体制を構築する目的は何か?」「自分はその目的に適った体制を構築・運営しているか?」という点を、常に自分の課題として自問自答するようにしています。

また、実際に体制を構築する際に、私は“平時体制”“研修教育”“有事体制”という3つの視点で考えています。

これら3つの側面で「どのように自社グループの実態に合った効果的な体制を設計して、どう構築・運営するのか」ということについて、自分なりの仮説を立てて試行錯誤を常々行っています。

――なるほど、最初に目的を明確にされるのですね。グローバル・コンプライアンス体制構築の目的は何であるとお考えですか?

さまざまな考え方があると思いますが、私は「企業が有している非財務的な経営資源を“企業価値の向上”につなげていることを説明する、強力なストーリーをつくること」が体制を構築する目的だと理解しています。

たとえば、投資家向けに考えた場合、「当社は、このような国内外のグループワイドの法令順守体制を構築している」「そして、常に見直しを行っている」といった一連の流れを通して「当社グループの将来の企業価値の創造に、これだけ貢献しています」というストーリーを立てて、実行していくことが目的になります。

ご存じの通り、企業価値は“財務的な経営資源”と“非財務的な経営資源”から成り立っています。特に、後者のなかで最も重要なのが、グローバルなグループ・コンプライアンス体制だというのが私の考えです。

――「グローバル・コンプライアンス体制を築くことが企業価値に大きく寄与する」というお言葉は、企業の法務に携わる方にとって非常に心強いと思います。先ほどの3つの視点を挙げてくださいましたが、“有事体制”について、これまでにどのような問題を経験されましたか?

詳細をお話しできませんので、テーマだけで申し上げますと、たとえば比較的重たい問題ですと「海外のグループ会社によるEU独禁法」や「アメリカでのカルテル事件」への対応が筆頭に挙げられます。

ほかには、「海外での品質問題や環境問題」「輸出規制に関するレギュレーション違反事件」「海外グループ企業における役職員による不正行為」などに関する対応を行ってきました。

また、日常的には、最近は「情報セキュリティインシデント」への対応も増えています。

重たい案件に対応するために、当社グループではグローバル内部通報制度を構築しています。そして、その運営をはじめ、個々の通報案件に対する調査や、調査結果に基づく事実認定、社内処分や是正策の策定などを行っています。

限られた人的資源を活かすための“力”

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――先ほどおっしゃった「強力なストーリーをつくる」というグローバル・コンプライアンス体制の目的に従って実際に体制を構築する際に、必要な“リソース”について教えてください。

大前提として、「日本の上場企業を中心とした企業法務の51%が、『法務部員が5人未満』の小規模法務」という現実があります。

さらに、法務部以外にコンプライアンス部という別組織を設けて分業体制をしている日本企業は決して多くはないでしょう。そのため、「ビジネス支援を行う“アクセル”と、コンプライアンスの本来の意味である“ブレーキ”の両方を、法務部が踏まなければいけない」という、いわゆる“コンプライアンス兼業法務”を行っている法務部が世の中の大半を占めていると思っています。

つまり、多くの企業の法務部は日常の法務業務を行いながら、「限られた人的資源で、どのようにグローバル・コンプライアンス体制を効率的に構築していかなければいけないか」という大きな問題に日々直面しているわけなんですね。

当社も中規模法務に該当するので、ほぼ毎日、人的資源の問題に直面しています。ですから、体制の構築・運営については、できるだけ効率的な戦略を取る必要があると考え

ています。

法務部員の仕事には、法務審査などの基本的なもの以外に、法務のインフラをグループ会社に広めるための法務管理の仕組みをつくるフェーズなどもあります。また、国際的なプロジェクトにおいて、「自分たちとは考え方が異なる海外企業の取引相手などとの契約交渉を直接行う」といった難易度の高い仕事も少なくないでしょう。

そのような法務の仕事のなかでも、最も難易度が高いものの一つが「グループワイドの法令遵守体制の構築・運営」だと私は考えています。異なる考え方や文化、民族性、法律を持つひとたちを束ねて、法令遵守体制を構築していかなければならないからです。

ですから、グローバル・コンプライアンス体制を構築・運営していくリソースとして最も必要なのは、自社内の部署間はもちろん、国や拠点を跨いで、そして複数の企業も横断してプロジェクトを推進していける法務パーソンだと思います。

そのためには、「書面をつくって終わり」という代書屋さん的な業務ではなく、世界中のグループ企業を束ねる力が不可欠です。

たとえると、「何もない土地を切り開いて高層ビルを建築していく」ように、“企業内ゼネコン”としてプロジェクトを強力に進められる人材が最も求められていると感じています。

いまはコロナの影響で海外に行くことはむずかしいですが、必要な際には現地に何度も足を運んで、現地のみんなと対話や議論を直接行い、さまざまな人々や会社を束ねながらプロジェクトを自ら推進していく人材が理想です。

計画の柱は「ルール整備」と「研修・教育」

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――やはり、“人材”が最も大切だということですね。少ない人的資源でグローバル・コンプライアンス体制を構築するための“計画”を立てるうえでは、どのような工夫が大切でしょうか?

まず、法務部門だけでなく、他部署との“一定の分業体制”で効率的に実施していくことが重要だと思います。

先述しましたように、グループ・コンプライアンス体制というものは、投資家の視点から見て「コンプライアンス体制の実効性がどれくらい確保できていて、将来の企業価値をどのくらい生み出してくれるか」という命題に対する回答でもあります。

ですから、投資家向けの窓口であるIR・広報・経営企画・総務などの部門とも情報共有して協同しながら、「常に投資家を意識して構築・運営していく」ことが大切だと考えています。

そして、一度にすべての体制の構築・運営を実現することはむずかしいため、たとえば、5ヵ年計画などの中期計画を立案することも重要です。

私は経験上、グループ・コンプライアンス体制の二本柱は「全社・全グループ共通のルールの整備」と「計画的な研修・教育」だと考えています。この2点を中期計画に盛り込むことが不可欠だといえるでしょう。

また、計画に関して経営陣の支援を得ることも非常に大切です。コンプライアンス計画は「取締役が企業集団の内部統制を構築している」ことを証明する良い証跡になるので、取締役の協⼒も得やすいと思います。

さらに、経営陣の賛同や支援があれば、研修や社内規程・グループ内規程の作成への協⼒を各部署・企業に仰ぎやすく、グループ企業を束ねるときに非常に有益な方法だと私は実感しています。

<後編へ続く>

関連情報

レクシスネクシスでは、法務コンプライアンスの様々な課題を解決する為のソリューション、『LexisNexis ASONE』を提供しております。ASONEは機能別に複数のモジュールで構成されています。『ASONE法政策情報(法情報データベース)』、『ASONEワークフロー(コンプライアンス点検ツール)』、『ASONE業務規定コネクト(社内規程整備支援ツール)』、『ASONEコンサルティング(個別のリスク対応)』、『ASONEエデュケーション(法務コンプライアンス教育)』に加え、2022年には『ASONEコンプライアンス・サーベイ(コンプライアンス分析ツール)』を新たにリリースしました。

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